高い醤油は何が違うんでしょうか? - Quoraの回答より
Share
醤油屋として、回答させていただきます。
偉そうに聞こえると申し訳ないですが、なかなかいいご質問だと思います。というのは、醤油の業界にいる者でもパッと回答が出てこない質問だからです。一つ一つ要素を切り分けながらお答えします。
①原料
醤油メーカーも分類的には製造業ですから、高い原料を使えば、それだけ販売価格が高い醤油となります。醤油の原料は、基本は大豆、小麦、塩です。九州や中国地方、北陸地方、信越地方にはさらに、大豆や小麦のタンパク質を分解して作るアミノ酸液を加えた醤油がメジャーです。そして、アミノ酸液を使うエリアでは同時に砂糖や甘味料を加えられることが多いです。
地図がありますので、リンク先をご参照ください。
醤油にアミノ酸液や甘味料を加えることについての是非については、さまざまな意見がありますが、ここでは論がずれますのでここまでにして、本論に戻ります。
- 大豆
では、大豆から見てみましょう。そもそも醤油に使われる大豆はどんなものなのか。ショックを受けられるかも知れませんが、醤油に使われる大豆の多くが外国産です。
国産大豆の需要推計と業種別産地品種の需要状況|公益財団法人日本特産農産物協会
これによると、平成19年度のみそ・しょうゆに使われている国内産大豆の比率は7%です。92〜93%が外国産なんですね。なぜ外国産が多いのか、要因は様々ありますが、一つは自給率の問題です。
日本の国内でも、もちろん大豆は昔から作られてきました。しかし、外国に比べて大規模で効率的な生産は平地の狭い日本では難しく、どうしても生産量は増やしにくい状態のようです。また、近年の天変地異により、国内の大豆価格は高騰しています。その結果、日本の大豆の自給率は平成29年は7%。 サラダ油などの原料となる油糧用を除いて食品用に限っても25%なのです。
また、醤油に外国産大豆が多く使われる要因として、もう一つ。脱脂加工大豆の存在です。日本で作られる大豆のほとんどは、食用として生産されます。しかし、世界的に見ると、大豆は油を絞るために生産されているのです。
大豆の生産量の91%は,大豆油とその搾りかす製品である大豆粕の 原料として用いられ,残りの9%が種子・ その他となっている(07年,USDA)。
このような需給バランスの中では、副産物である大豆粕(=脱脂加工大豆)の方が、輸送費を含めても安価なのです。
※ 論を少しだけ脱線しますと、脱脂加工大豆のことを嫌われる消費者の方もおられますが、実際に製造の現場から言わせていただくと、丸大豆より脱脂加工大豆の方が美味しい(美味しいの定義にも色々ありますが、業界内の人たちの感想を見ていると脱脂加工大豆の方が美味しい)醤油ができます。科学的にも実証されており、油を絞る過程で大豆中のタンパク質が、酵素による分解をされやすい状態に変化するのです。醤油を造るためには大豆の油は必要ではなくむしろ邪魔なくらいなので、油を絞った後の脱脂加工大豆の方が醤油造りには非常に適した状態だと言えます。
以上から、大豆の自給率が低いのは、外国産の豊富な脱脂加工大豆(または搾油用の大豆)が安価に手に入ることが理由の一つなのです。
さて、それでも国産大豆を使うことにこだわれば、無論原料価格は高くなります。国産大豆にこだわって造っている醤油製品は必然的に価格が上がります。
- 小麦
平成28年度の日本の小麦自給率は13%です。
小麦は上記の大豆のように脱脂加工大豆のような産業構造はありませんが、大豆と同じく自給率が低いことから国産小麦をこだわって使うことはそれだけ価格が高くなると考えて差し支えないでしょう。
- 塩
これまで自給率が低いことでショックを与え続けてきましたが、塩についてはご安心ください。日本の食塩の自給率はほぼまかなえる量です。ただし、私の実感としては、外国産の塩の方が比較的安価なものが多くあります。
※リンク先では工業用の塩も含んだ紹介をされているため自給率が低いと説明されています。リンク先中段に、食用の塩はほぼまかなえる量の生産量と説明されています。
食用の塩について言えば自給率が高い分、国内産の食塩は手に入りやすく品質も高いです。そのため、原料に国産塩を使ったからといって醤油の価格が大きく変わることはないです。
- 甘味料/添加物類
甘味料や添加物については、基本的には原料として使うことによって価格は安くなります。醤油の味というのは地域によって求められる味はずいぶん違いますが、その地域によって求められる味に近づけるための材料として甘味料や添加物が使われます。
※甘味料と添加物についても上記の脱脂加工大豆と同様嫌われる方がおられますが、それについての議論はここでは触れないでおきますね。
甘味料/添加物といっても様々ですが、基本的に効率よく旨味や甘味をつけることができるため、使用すれば安価になります。※もちろん使いすぎると味のバランスは崩れますが。
原料についてまとめ
ここまで原料の高価安価について書いてきましたが、触れてこなかったことがあります。それは高い原料を使えば美味しい醤油なのかということ。それについては私は懐疑的です。どの製造業にも言える事ですが、大豆などの原料やペットボトルなどの資材は、一度にたくさん買えば安くなるという仕組みがあります。また、大豆のように国産か海外産かで価格が大きく異なることがあり、かつ安価な外国産の原料で造った方が美味しい(と言われる)醤油を作ることができるという場合もあるのです。
高い原料と美味しい醤油は必ずしも比例しないということで、原料についての論はこのくらいに。
※追記で一つだけ。誤解されている方がプロの料理人の中にも居られるようなのであえて書きますと、日本で売られている「醤油」と名のつくものは、私の知る限り大豆と小麦の醸造工程を経ていないものはまずありません。日本には1300社ほどの醤油メーカーが存在しますが、醸造工程を経た「生揚げ」を含まずに作る会社は皆無でしょう。例えば添加物と着色料のみで醤油風の調味料を大量生産している工場があるなどという話を書いている人を見かけました。現場の声としては、そんな造り方で醤油のような味の液体を作るよりも普通に醤油を大豆と小麦で麹を製って普通に醸造した方が、専門の設備業社も多い上に業界として大量の論文も発表されるほどノウハウが蓄積されているため(しかも業界内でオープンソースに近い状態で参照できますし)、随分と安価にできます。無論、『添加物やアミノ酸液が入れば本物の醤油ではない』という主張もあるでしょうが、しっかり醸造された生揚げは入りますし、下に書きますが地域性のあるもはや食文化となっている部分もあり、あまり強い口調て『ニセモノ醤油』と批判するのはいかがなものかと。あまり批判的な文章を書くのは好きではないのですが、下手な噂に皆さんが惑わされないよう、警鐘を鳴らす意味も込めてこの一文を記載します。
②人件費(ひいては設備の充実)
次に価格に影響するのが人件費ですね。
これは多くの食品メーカーでも同様かと思いますが、基本的にメーカーの規模が大きくて、効率化された工場で作るほど安くなります。
醤油産業は、旧来の作り方でも現在の作り方でも、ある程度の設備が必要になる産業です。大豆を蒸す釜、小麦を炒る釜、麹を作る製麹室(せいきくしつ)、もろみを発酵させる桶、もろみを絞る絞り機、絞った生揚げを火入れする釜、容器に詰める充填場、詰めた醤油を運ぶ車。昔も今も最低これだけの設備が必要になるわけです。
さて、その一定規模以上でないと始められない醤油メーカーの中でもメーカーそれぞれの規模は驚くほど幅があります。現在の最大手はご存知キッコーマン。キッコーマンに続いて、大手6社と呼ばれるヤマサ醤油、正田醤油、ヒゲタ醤油、ヒガシマル醤油、盛田醤油が続きます。
一番小さい醤油屋さんというのがどの程度のサイズかは調べかねますが(うちも家族経営なので相当小さい部類に入ります)、零細企業として従業員4〜5人で経営している醤油屋さんはかなりの数おられます。
大手の企業は、その企業努力によって品質を担保しつつ効率化できる設備投資を進め、製造コストや販売ロットサイズを大きくすることによって醤油の価格を下げることに成功しています。とはいえ規模の大きくない醤油屋さん達がそうしていないのかと言えばそうではありません。製造に営業、経理などを一人でこなすことで無駄を省く努力をしたり、各県で協同組合を作り、原料を共同購入して価格を安く仕入れたり、製造の技術を共有しあって品質を高めたりと、涙ぐましい企業努力を続けることで価格をできるだけ抑えています。
ただそれでも、一般的には小さな醤油屋さんの販売する醤油の価格は、規模の大きな醤油屋さんの醤油に比べると高いです。
では、それでもなぜ小さな醤油屋さんは潰れないのか、という疑問が浮かびますよね?
ここからが私の立場からお答えできる回答の真骨頂(自分で言ってしまうのも変ですが)です。
地域に残る小さな醤油屋さん。大手より価格が高くても生き残っているのは、それぞれの地域で愛されて、その醤油ではないとダメだと言ってくれるお客さんがしっかりとその醤油屋さんを支えているからに他なりません。
いくらいい原料を使って、効率化して安くて、なおかついい醤油を造っても、他の醤油屋さんには勝てないもの。それが地域の味を頑固に残している地域の小さい醤油屋さんの強みなわけです。
そんなに味が違うの?という感想もあるでしょう。ズバリ、違います。各醤油屋さんごとに味は様々ですが、生まれながらに食べて育った醤油の味は、分かる人には分かるんです。うちのお客さんでも、結婚して、夫か妻かどちらかが醤油のこだわりを持ってくれていて、一瞬は他の醤油を作った家庭料理を食べたけど『やっぱり他の醤油はダメでした』と言って、すぐにうちに買いに来てくれるパターンや、『貰い物で醤油いただいたけど、口に合わなかった』というパターンを、私が実家に帰ってきてから少なくとも100回以上は目にしています。
ただし、もちろん小さい醤油屋さんもできる限り情報や時代の流れには乗っており、衛生環境に気を配ったり、特に批判される添加物は代わりになる作り方や原料がないか検討したりとお客様の声に寄り添う努力も続けています。
原料や人件費と、長々と書いてきて、結論として全く違うことを言うようですが、同じ醤油に対して感じる価値は人それぞれ違います。そんな中でも、高いけれど愛着を持って醤油を買ってくれる人の価値観をご紹介させていただきました。
蛇足ですが、私もその期待に答えられるよう、これからも福岡県八女市の小さい醤油屋として、地域の味を守っていこうと思います。